教師という仕事は2度喜びをもらう

「先生はもう覚えておられないかもしれませんが、」
そんな言葉で始まるメールが先月届いた。「ふっと先生のことが頭をよぎり、インターネットでこのサイトを発見して、すごくなつかしく、また、先生が元気そうに大活躍されているのを拝見して、ついメールしてしまいました。ホームページを見ていると、先生のことが色々と思い出されてきて、今さらですが、私は、先生に、すごく大事にされていたことを感じました。 道徳の授業の時、ある文章の中で、「どういう気持ちで、お父さんは、ゆみ子を高い高いをしていたのですか?」と先生が質問されて、私が「ゆみ子よ、平和な国へとんでいけー」という気持ちみたいなことを答えると、先生が、すごくいい答えだと、すごくほめていただいたのを覚えています。また、児童会の会計に当選したときに、すごく喜び、よかったなーといいながら、抱きしめてもらったりしたことなど、先生のことは、色々といまでも覚えていることが、たくさんあるんです。今さらですが、先生、本当にありがとうございました。今、こうして、頑張れているのは、あの時に、自分のことのように喜んでいただいたから、人に喜んで頂くというのは、気持ちのいいことだということを学んだんだと思います。そして、今の仕事についているのも、そういうところから来ているのではないかと考えています。」

忘れもしない。あの日のクリクリ頭も彼が持ってきた遠足のお弁当の中身さえ昨日のことのように浮かぶ。しかし、後日判明する彼の会社のHPを見て笑ってしまう。彼は32年前のそのままのクリクリ頭でお弁当事業で大成功している企業家なのである。
http://hp.rhp.jp/~assistclub/kaisyagaiyou.html

教師という仕事は2度喜びをもらう。眼前の成長そのままに。そして、時空を超えてさらに未来のその姿に。なんと幸せななんと有り難い仕事だろう。教師の言葉が33年後も残っているのである。そして、ある意味とても怖い仕事だと思う。これから教師のなるであろう仲間へも思いを届けたくて、紹介させて頂いた。子どもの未来に喜びを増やすために力尽くしたいと初心に返って思わせて頂いた1通のメールであった。感謝。

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